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2013年1月 5日 (土)

神とて芋を洗うような数の願い事はとても聴けない  

Dscf1810  ここは内宮、伊勢の杜に分速1メートルという超過密な人の流れに身を委ねてきました。
二時間流されて二分の参拝、どこかの病院の待ち時間と診察時間によく似ています。 いらついた時間だけ命を縮め、本来の目的に逆らった結果になってしまうのです。
待った以上はここで止める訳にもいかず、後は意地で着いていくだけです。
Dscf1812 神殿に宿る神の身になって眺めていると、とてもこれだけの願いを聞いてやる訳にはいかないだろうと、うんざりした気持ちになります。
その数、数十万、いや三が日にして百万、三日で一年を稼ぐ神宮とはよく言ったものです。
勿論、その周辺の町や交通機関は満員御礼でこれも潤い、よき新年とはこれらの関係者達がもっぱらいう事ではないだろうかとも思う。
この苦痛にに耐えることが神々の我らに与えたもうた試練なのかも知れませんね。

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